【フランス・カレー近郊 8月25日】
本日午前、英国人水泳家マシュー・ウェッブがドーバー海峡を単独泳で横断し、カレー近郊の砂浜に上陸した。昨日24日午後、ドーバーの埠頭から入水。海獣油を全身に塗り、終始ブレストストロークで進むという古典的な泳法に徹した。随伴艇は方位の確認と安全監視のみを担い、途中の補給は肉汁(ビーフティー)やブランデー、ビスケットに限られたという。
潮流は強く、進路は度々大きく弧を描いた。夜間は波と霧に視界を奪われ、刺すような冷水とクラゲの触手が体力を削る。それでも呼吸の拍を崩さず、腕の回転と蹴伸びを刻み続け、未明から朝へと海面の色が変わる頃には仏岸の灯が見え始めた。上陸時刻は約21時間45分の行程を経た後とされ、砂浜では住民と船乗りが拍手で迎え、随伴艇からは帽が振られた。
先立つ予備挑戦は悪天候で中止となっていたが、今回の成功で「人工の浮具に頼らない海峡横断」という前代未聞の難事が現実のものとなった。海峡は最短距離にしても潮が複雑で、泳者は実距離において数十マイルを要する。ウェッブは「海は厳しかったが、諦めなかった」と短く語り、医師の診察を受けた後に休養へ入った。
競技という概念を越え、人間の意志と技術が自然の境を越え得ることを示した意義は大きい。海都カレーと対岸ドーバーの波打ち際に、今日、新たな物語が刻まれた。
— RekisyNews スポーツ・冒険面 【1875年】