【埼玉・朝霞 1月9日】
1964年の東京五輪男子マラソンで銅メダルを獲得し、日本陸上界の象徴的存在となっていた円谷幸吉選手が、本日、埼玉県朝霞市の自衛隊体育学校内で死亡しているのが確認された。関係当局は、カミソリによる失血死であり、自殺とみて調査を進めている。
円谷選手は東京五輪のマラソン競技において、国立競技場に集まった大観衆の前で力走を見せ、日本中に大きな感動を与えた。自衛隊体育学校に所属し、五輪後も次代のエースとして強い期待を背負ってきたが、その一方で故障や成績不振に苦しんでいたとされる。
関係者によれば、円谷選手は競技成績への重圧や将来への不安を強く感じていたとみられ、日常生活においても深い葛藤を抱えていたという。現場からは遺書とみられる書き置きが見つかっており、そこには家族や指導者、関係者への感謝の言葉が記されていたと伝えられている。
この突然の訃報は、陸上競技関係者のみならず全国のスポーツファンに大きな衝撃を与えている。国民的英雄として過度な期待を一身に受けた若き選手の死は、勝利至上主義や競技者を取り巻く環境の在り方を問い直す出来事として、社会に重い課題を突きつけている。
— RekisyNews 社会面 【1968年】
