【横浜 11月30日】
本日午後、横浜港に停泊中であったドイツ海軍所属の補助巡洋艦および補給船が突如大爆発を起こし、港湾一帯が激しい衝撃に包まれた。爆発は短時間のうちに連鎖的に広がり、停泊中の艦船・倉庫・桟橋にまで被害が及んだ。現場周辺では黒煙が高く立ち上り、横浜市内の広い範囲からもその煙柱が確認された。
爆発が発生したのは午後3時頃とみられ、当時、独軍補助巡洋艦とされる艦船は石油や物資の補給作業を行っていたという。近くで作業していた港湾関係者の証言によれば、「甲板付近で突然閃光が走り、次の瞬間、港全体が揺れた」とのことで、初期爆発の直後には複数回の二次爆発が重なるように発生した。
衝撃波は桟橋の窓ガラスを吹き飛ばし、周囲に停泊していた船舶は炎に包まれながら次々と傾いた。爆発の中心にいた補給船は跡形もなく破壊され、鉄片が周囲に散乱している。沿岸付近では負傷者が担ぎ出され、臨時救護所では医療関係者が対応に追われているが、死傷者数はなお把握できていない状況である。
横浜港は国際貿易の重要拠点であり、外国船も多く出入りしていたが、今回の事故により広い範囲で業務が停止。周辺の倉庫にも延焼が及んでいるとの情報があり、消防隊は複数の方面から消火作業を続けている。現場上空には濃い黒煙が渦巻き、時折小規模な爆発音が響き、市民には港湾への接近を避けるよう呼びかけが行われた。
爆発の原因は現在調査中だが、燃料や弾薬が船内に保管されていたことが被害拡大につながった可能性がある。日本側当局は、独海軍関係者との連携のもと、事故発生の経緯を急ぎ確認している。
港湾関係者の一人は、「あの衝撃は今も耳に残っている。港が半分吹き飛んだようだった」と語り、混乱のなかで周囲を見回しながら肩を震わせた。
横浜港での今回の大規模爆発は、海上輸送の要衝を直撃した深刻な事故であり、その影響は今後長く続くものとみられる。
— RekisyNews 社会面 【1942年】
