【伊勢・長島 10月13日】
伊勢国長島城に立てこもっていた一向一揆勢が、本日未明、織田信長軍に対して降伏の意を示し、城を退去した。しかしながら、織田軍は退去中の門徒らに対し突如として一斉射撃を行い、多数の死者が発生した。城内に残された婦女子、老人、子供に至るまで、焼討ちや槍で命を落としたと伝えられている。
長島一向一揆は、数年来にわたり尾張・伊勢を脅かしてきた勢力であり、仏法に帰依する門徒たちが中心となって、世俗の権威に抗する武装蜂起を繰り返してきた。信長は幾度にもわたって包囲戦を行ったが、難攻不落の地形と激しい抵抗により攻めあぐねていた。
今回、三方からの徹底包囲と水軍の投入により兵糧攻めを強行し、ついに城側が降伏。門徒側は武装解除の上で退去するよう命じられたが、直後に織田軍が鉄砲による掃射を開始し、逃げ場を失った門徒らが次々と倒れた。その様子は「生き地獄の如し」と語る兵の証言もある。
一方で、虐殺に憤った一部門徒が最後の反撃に転じ、織田軍側にも多数の戦死者が出た模様。中でも、信長の家臣であった坂井政尚が討死し、柴田勝家ら有力武将も深手を負ったとの情報が入っている。
この一件により、長島一向一揆は完全に鎮圧されたと見られるが、門徒勢力に対する苛烈な対応が新たな報復や蜂起を招く可能性もある。織田方は「仏法の名を借りた反逆行為には鉄槌を下す」と強硬な姿勢を崩しておらず、近隣国の情勢にも影響を与えることは必至である。
本願寺派門徒の動向、ならびに信長の対宗教政策に注目が集まっている。
— RekisyNews 社会面 【1574年】