【香港 8月25日】
本日、来港中の細菌学者・北里柴三郎氏は、急速に拡大する腺ペスト患者のリンパ腺および血液から、共通の短桿菌を分離したと発表した。塗抹標本はアニリン染色で両端が濃く染まる所見を示し、培養でも同一の菌形を反復確認。氏は「本症の直接原因たる微生物を把握した」と述べ、検出法と消毒の基準化を提案した。
分離菌をマウスに接種すると高熱と腺腫脹を呈し、病変部から再び同一菌が得られたという。いわゆるコッホの原則に照らして病因性を裏づける所見で、治療と予防の道が開ける。氏は免疫血清の研究に着手し、隔離・焼却・石炭酸消毒の徹底、衣類と寝具の蒸気消毒、搬送動線の遮断を当局に助言した。
港湾は検疫強化で航路が乱れ、商館街は戸口を閉ざす店も多い。病院前の路地には担架が行き交い、日除けの下で水の配給が続く。街の噂では鼠の異常死を語る声もあり、当局は食料倉庫と下水の点検を広げる構えだ。
医学界からは「コレラ菌発見に続く里程標」との評価が上がる一方、培養条件や鑑別手順の標準化、他疾患との混同回避が課題と指摘される。恐怖と流言を鎮めるのは、確かな検査と手順である―北里氏の手帳に書き込まれた小さな文字が、いま港町の不安を押し返す拠り所になろう。
— RekisyNews 科学・医療面 【1894年】