「金の卵」運んだ季節列車に終止符 ―― 集団就職列車、21年の歴史に幕

【東京 3月24日】

高度経済成長期の上野駅や大阪駅を彩った風物詩、「集団就職列車」の運行が本日、ついに終了した。1954(昭和29)年の運行開始以来、地方の農村部から大都市圏へと向かう数多くの若者たちを運び続けてきたこの季節列車は、日本の戦後復興と急成長を象徴する存在であった。しかし、新幹線の延伸や道路網の整備、そして中卒就職者の減少という時代の波に押され、21年にわたるその数奇な歴史に幕を下ろすこととなった。

集団就職列車は、中学を卒業したばかりの少年少女、いわゆる「金の卵」と呼ばれた若年労働者を一括して都市部へ送り届けるための専用列車であった。東北や九州の各地から、不安と希望を胸に詰め込んだ大きな風呂敷包みを抱えて乗り込んだ若者たちは、十数時間に及ぶ長い旅路の末、上野駅のホームへと降り立った。彼らはそこで待機する各事業所の担当者に迎えられ、商店や町工場へと散り散りになっていったのである。

運行終了の背景には、社会構造の劇的な変化がある。かつては「中卒即就職」が地方の一般的な選択肢の一つであったが、高校進学率が9割を超えるという高学歴社会の到来により、集団での移動需要は激減した。また、東北新幹線の着工や高速バスの普及といった交通革命が、ゆっくりと時間をかけて走る旧来の「就職列車」を過去のものへと追いやった。

本日、最後となる列車を見送った国鉄関係者は、「この列車は単なる移動手段ではなく、一つの故郷を離れ、新しい自分を築こうとする若者たちの決意を運んできた」としみじみと語った。上野駅の地下ホームには、かつてここで泣き笑いしたかつての「少年少女」たちが訪れ、消えゆく歴史を惜しむ姿も見られた。「金の卵」たちが築き上げた戦後日本は、いま一つの象徴的な風景を失い、新たな成熟の時代へと踏み出そうとしている。

— RekisyNews 社会面 【1975年】

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次