山本内閣がシーメンス事件で総辞職 ―― 予算不成立、海軍汚職で民衆の怒り爆発

【東京 3月24日】

山本権兵衛内閣は本日、臨時閣議を開き、内閣総辞職を決定して辞表を提出した。海軍の軍艦建造を巡る巨大汚職事件「シーメンス事件」の発覚以来、激しい国民の糾弾に晒されてきた山本内閣は、貴族院による海軍予算の大幅削減を受け、ついに予算不成立という異例の事態に追い込まれた。薩長藩閥政治の打破を叫ぶ民衆の熱狂が、現職総理を退陣へと突き動かした形だ。

事件は、ドイツのシーメンス社から海軍高官へ多額の賄賂が贈られていたことが端緒となった。「海軍の父」と称された山本首相のお膝元での不祥事に、国民の怒りは頂点に達した。日比谷公園をはじめ各地で数万人規模の民衆大会が開かれ、「汚職内閣打倒」を叫ぶデモ隊が国会議事堂を包囲するなど、大正デモクラシーの奔流が政界を激しく揺さぶった。

貴族院は民意を背景に政府へ強硬な姿勢を示し、海軍予算の全廃に近い修正案を提示。これに衆議院が同意せず、両院協議会が決裂したことで1914年度予算は不成立となった。憲政史上、予算が成立せずに内閣が倒れるのは極めて稀なケースであり、「憲政の常道」を求める国民の声が、特権階級による政治運営を大きく修正させた歴史的な瞬間といえる。

山本首相は「国政の停滞を招いた責任は免れない」との談話を発表。後継首班には、かつての国民的人気者である大隈重信氏を推す声が強まっている。今回の総辞職は、単なる内閣の交代にとどまらず、「主権は国民にあり」とする大正期の政治改革をさらに加速させることになろう。都の夜は、藩閥政治の一角が崩れたことを祝う市民たちの歓喜に包まれている。

— RekisyNews 政治面 【1914年】

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