【摂津 3月24日】
昨日から本日未明にかけて、摂津国豊島河原(てしまがわら)において、足利尊氏公率いる軍勢と、新田義貞卿・楠木正成卿ら宮方の軍勢が激突した。数日間にわたる激戦の末、足利軍は壊滅的な打撃を受け、尊氏公は兵庫方面へと敗走。京奪還を断念し、九州方面へ落ち延びる公算が極めて高まっている。
事の起こりは、先月の「箱根・竹ノ下の戦い」に勝利し入京を果たした足利軍に対し、奥州から急転直下南下した北畠顕家卿の軍勢が、京を追われた新田義貞卿らの軍勢と合流したことにある。この合流により勢いを得た宮方は息を吹き返して猛烈な反攻を開始。足利軍は京周辺の各所で敗退を喫し、退路を断たれる形で摂津へと追い詰められていた。
戦場となった豊島河原では、宮方の精鋭が足利方の陣を寸断。泥沼の混戦の中、足利方の有力武将らも次々と討ち死に、あるいは離散した模様だ。尊氏公は一時自害も覚悟したとされるが、弟の直義公らに説得され、再起を期して西国を目指す決断を下したという。
現在、京の都では足利軍の残党狩りが行われており、市民の間には安堵と、さらなる戦乱への不安が入り混じっている。一方、兵庫の港には足利方の軍船が集結しつつあるとの情報もあり、尊氏公が鎮西の勢力を糾合し、再び東上を狙うのか、その動向に注目が集まっている。
— RekisyNews 社会面 【1336年】
