【サンフランシスコ 3月17日】
遣米使節団の護衛という大任を帯びた幕府軍艦咸臨丸が本日、激しい嵐を乗り越え、ついにサンフランシスコに入港した。日本人の手による初の大平洋横断という歴史的壮挙に、港は歓迎の祝砲と歓声に包まれている。
咸臨丸は、日米修好通商条約の批准書交換に向かう正使一行が乗る米国軍艦ポーハタン号に先んじて品川を出航。冬の北太平洋特有の荒天に見舞われ、艦内では浸水や破損が相次ぐ過酷な航海を強いられた。しかし、軍艦奉行の木村喜毅を筆頭に、教授方頭取の勝海舟、そして通訳として同行した福澤諭吉ら乗組員は不屈の精神でこれに耐え、予定通り米西海岸への到達を果たした。
入港後、米海軍当局は咸臨丸を厚遇し、修理や補給の全面協力を申し出ている。サンフランシスコ市民も、初めて目にする日本の軍艦と、その乗組員たちに高い関心を寄せており、福澤諭吉は市内の様子やホテルの設備に対し、強い感銘を受けている様子だ。
この航海の成功は、日本の操船技術が世界水準に達しつつあることを証明すると同時に、日本が近代国家として国際社会に第一歩を踏み出したことを象徴している。咸臨丸の勇姿は、日米親善の新たな架け橋として、サンフランシスコ市民の記憶に深く刻まれることになるだろう。勝海舟らは、米国社会の仕組みや技術を吸収し、日本の近代化に活かすべく、意欲的に活動を開始している。
— RekisyNews 社会面 【1860年】
