【江戸 3月15日】
本日、江戸城内において、将軍・徳川吉宗公は、伊勢山田奉行を務めていた大岡忠相(41)を江戸南町奉行に任命した。伝統と格式を重んじる幕府の人事制度において、一地方官から百万都市・江戸の行政・司法を司る要職への抜擢は極めて異例であり、吉宗公が断行する「幕政改革(享保の改革)」への並々ならぬ決意を示すものとして、登城した諸大名の間にも驚きが広がっている。
大岡忠相は、山田奉行時代に紀州徳川家の領地と他領との境界争いを公平に裁定したことで、当時紀州藩主であった吉宗公にその実力を見出されたと言われている。江戸町奉行は、訴訟の処理から物価対策、警察権の行使まで多岐にわたる激務であるが、吉宗公は「法を遵守しつつ、民の情に寄り添う実務能力」を高く評価し、今回の登用を決断した。
現在、江戸の町は物価の騰貴や頻発する火災などの課題に直面している。忠相には、吉宗公が進める質素倹約の徹底とともに、火災対策の強化や医療制度の拡充など、都市機能の刷新という重責が課せられることになる。また、新設される予定の「目安箱」を通じた民衆の声の吸い上げにおいても、忠相がその中心的な役割を担うとみられる。
「法に私情を交えず、されど理不尽を強いない」――。大岡忠相という新たなリーダーの誕生により、江戸の町政は大きな転換点を迎えようとしている。将軍と奉行の強い信頼関係から生まれる新たな政治が、疲弊した幕政にどのような新風を吹き込むのか。百万市民の耳目が、南町奉行所へと注がれている。
— RekisyNews 政治面 【1717年】
