【小田原 3月12日】
本日、相模湾の険しい断崖を縫うように走る豆相人車鉄道(小田原〜吉浜〜熱海)が、ついに全線開通の日を迎えた。蒸気機関でも馬力でもなく、屈強な「人夫」たちが客車を押し進めるという、わが国でも稀に見る独創的な鉄路の完成である。
この人車鉄道は、1台の客車に数名の乗客を乗せ、2〜3名の人夫が背後から手押しで稼働させる。最大の特徴はその機動力にあり、大型の機関車では敷設が困難な熱海街道の急勾配や急曲線も、人力ならではの柔軟さで乗り越えていく。
全行程約25kmの所要時間は約4時間。特に難所として知られる上り坂では、人夫たちの荒い息遣いが響き、時には乗客も車を降りて共に押すという、微笑ましくも力強い光景が見られる。一方、下り坂では人夫もステップに飛び乗り、重力を利用して猛スピードで海岸線を滑走する「スリル満点」の旅が味わえるという。
これまで小田原から熱海への移動は、険しい峠越えか、海路に頼る他なかった。この人車鉄道の登場により、熱海温泉への湯治客は飛躍的に増加することが予想され、沿線の観光地化にも大きな期待が寄せられている。文明開化の音は、蒸気ではなく、大地を踏みしめる人夫たちの足音と共に、熱海の空に響き渡っている。
— RekisyNews 社会面 【1896年】
