京都で「天明の大火」発生 ── 市街地の約8割以上が焼失の恐れ

【京都 3月7日】

本日午前10時頃、東山・団栗辻子(どんぐりづし)の空き家より発生した火の手は、折からの猛烈な南風に煽られ、瞬く間に鴨川を越えて洛中へと広がった。現在、火勢は制御不能の状態で北西方向へ拡大しており、千年の都はいま、かつてない規模の焦熱地獄と化している。

火は寺町から禁裏(御所)方面へと突き進み、ついに京都御所に引火した。立ち昇る火柱は天を突き、紫宸殿をはじめとする壮麗な殿舎が次々と崩れ落ちている。この未曾有の事態に、後桜町上皇および光格天皇は、煙に巻かれる御所を間一髪で脱出された。上皇は急ぎ北白川の青蓮院へと向かわれ、ここを仮の御所(粟田御所)として難を逃れられる模様だ。

火勢は留まるところを知らず、二条城や東西の本願寺といった巨刹にも火が迫っている。逃げ場を失った町衆は、家財を抱えて鴨川の河原へ殺到しており、泣き叫ぶ声が絶えず響いている。現時点で、町家の焼失はすでに数千軒に達していると見られ、このままでは洛中の大半が灰燼に帰すのは避けられない情勢だ。

町奉行所は総力を挙げて消火と避難誘導にあたっているが、強風による飛び火が各地で新たな火種を生んでおり、収束の目処は全く立っていない。京の街を焼き尽くすこの「天明の大火」は、歴史に刻まれる大惨劇として今なお燃え続けている。

— RekisyNews 社会 【1788年】

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