【神田 3月5日】
本日夜、東京・神田の旅館「光栄館」において、労働農民党の山本宣治元衆議院議員(39歳)が、右翼団体「七生義団」の団員・黒田保久二(23歳)に襲撃され、刺殺された。治安維持法の改正に反対し、労働者や農民の権利を訴え続けてきた「山宣(やません)」の突然の死に、政界および労働運動界には激しい動揺が広がっている。
事件は、山本氏が京都から上京し、宿泊していた旅館で発生した。黒田は山本氏に面会を求め、部屋に押し入ると、隠し持っていた短刀で執拗に同氏を刺したという。山本氏は病院に搬送されたが、出血多量により間もなく息を引き取った。黒田はその場で警視庁の手によって逮捕され、犯行の動機について「国賊を成敗した」と供述している。
生物学者としての顔も持つ山本氏は、昨年の第1回普通選挙で労働農民党から出馬し、初当選を果たした。特に、現在国会で審議されている治安維持法の罰則強化(死刑導入)に対し、「山宣ひとり孤塁を守る、だが私は寂しくない。背後には何千万の民衆が控えているからだ」という言葉を残し、真っ向から反対の論陣を張っていた。
政府は「過激思想の取り締まり」を大義名分として治安維持法の強化を急いでいるが、今回の刺殺事件は、言論の自由が暴力によって封殺される危うい時代の到来を予感させている。山本氏の遺志を継ぐべく、支持者たちは明日にも抗議の声を上げる構えだ。
一人の代議士の命を奪った凶刃は、単なる個人の命だけでなく、日本の民主主義そのものを突き刺した。山本宣治という巨星を失った農民・労働運動のゆくえに、今、国民の厳しい目が注がれている。
— RekisyNews 社会面 【1929年】
