「風狂の禅僧」一休和尚、大徳寺住持へ ── 荒廃した名刹の再興託される

【京都 3月4日】

応仁の乱の火が未だ消えぬ京の都において、本日、一休宗純(いっきゅうそうじゅん)和尚が、臨済宗の大本山・大徳寺の第47代住持に就任された。後土御門天皇からの直々の勅命によるものであり、戦火で無残に焼失した伽藍の再建という重責が、御年81歳の「風狂」の僧に委ねられることとなった。

一休和尚といえば、朱塗りの鞘の木刀を腰に差し、「世の中は嘘ばかり」と喝破して歩く奇行や、権威を恐れぬ鋭い毒舌で知られる。禅宗の厳しい規律をあざ笑うかのような自由奔放な生き方は、庶民から「一休さん」と親しまれる一方で、寺院の既得権益にしがみつく高僧たちからは敬遠されてきた。

しかし、現在の大徳寺は長引く応仁の乱によって荒廃を極め、再興の道筋さえ見えない。天皇がこの非常事態に一休和尚を選んだのは、その卓越した禅の境地のみならず、和尚を慕う堺の豪商や文化人たちとの深い繋がりを期待してのことであろう。和尚自身、これまで住持の座など「糞くらえ」と言わんばかりに避けてきたが、祖師の寺の危機を見過ごせず、老躯に鞭打っての決断となった。

就任にあたり、和尚は依然として特定の場所に留まることを嫌い、自らが開いた薪(現在の京田辺市)の酬恩庵(一休寺)から大徳寺へ通う意向を示しているという。この型破りな新住持が、戦乱に疲弊した人々の心と、灰に帰した名刹をどのように蘇らせていくのか。京の町衆は期待と好奇の眼差しを向けている。

— RekisyNews 社会面 【1474年】

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