平清盛公、太政大臣に就任 ── 武家として初、栄華の極みへ

【平安京 3月4日】

本日、平清盛公(正二位・前大納言)が、朝廷の最高官職である太政大臣に任命された。武士の身分からこの高位に昇り詰めるのは史上初の快挙であり、平氏一門の権勢がいよいよ盤石なものとなったことを天下に知らしめる形となった。

清盛公は、保元・平治の両乱において抜群の軍功を挙げ、後白河上皇の厚い信任を背景に急速に昇進を重ねてきた。太政大臣は「則闕の官(そっけつのかん)」とも呼ばれ、適任者がいなければ空席とされるほどの重職である。これを武家が担うという事態は、公家社会に大きな衝撃を与えているが、清盛公の実力と一門の経済力・軍事力を前に、反対の声を上げる者は少ない。

六波羅の邸宅周辺は、朝から祝賀に訪れる公卿や武士たちで溢れかえっている。現在、平氏一門は公卿10人以上、殿上人30余人を擁しており、全国の知行国も半数近くを占める勢いだ。世間では「平氏にあらざれば人にあらず」とまで囁かれるほどの隆盛を極めている。

清盛公は官職による権威付けのみならず、大輪田泊(神戸)の改築を通じた日宋貿易の拡大など、経済基盤の強化にも余念がない。武士が政治の中枢を完全に掌握した今回の人事は、これまでの貴族社会のあり方を根本から変える、歴史的な転換点となるだろう。

— RekisyNews 社会面 【1167年】

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