【南極・昭和基地 2月24日】
日本の科学の威信を懸けた第2次南極観測は、大自然の猛威の前に非情な決断を迫られた。南極観測船「宗谷」は本日、悪天候と厚い流氷に阻まれ、予定していた越冬計画の最終断念を決定。昭和基地に取り残されたタロ、ジロを含む樺太犬15頭を置き去りにしたまま、観測隊員全員の撤退が完了した。夢に見た白銀の越冬地は今、猛烈なブリザードの中に孤立し、首輪に繋がれたままの犬たちの行方に、隊員のみならず国民全体が深い悲しみに包まれている。
今回の撤退劇の背景には、昨年来続く南極の異常な気象条件がある。第2次隊を乗せた「宗谷」は、昭和基地から約15キロメートルの地点で厚氷に閉じ込められ、身動きが取れなくなった。空輸による隊員交代を試みたものの、悪天候により物資と人員の輸送は限界に達し、犬たちを連れ出す余力は残されていなかった。観測隊長・永田武氏は「犬たちには申し訳ないことをした」と苦渋の表情を浮かべたが、隊員の生命を優先せざるを得ない極限状態での選択であった。
現場となった昭和基地付近は、視界を遮る吹雪が荒れ狂い、氷の軋む音が不気味に響いている。犬たちは、無人の基地を守るかのように鎖に繋がれ、去りゆく飛行機の音をいかなる思いで聞いたのか。基地に残された犬ぞり用の樺太犬は、北国の厳しい自然を生き抜いてきた精鋭たちだが、食糧も乏しい極寒の地での生存は絶望視されている。ある隊員は、帰還する船の甲板から遠ざかる大陸を見つめ、「必ず迎えに来ると約束したのに」と、凍てつく甲風の中で涙を拭った。
この15頭の樺太犬の置き去りが、動物愛護の観点から社会的な議論を呼び、後の南極観測のあり方に大きな一石を投じるのではないかとの見方もある。また、この悲劇が「タロとジロ」という名の奇跡への序章となり、日本人の不屈の精神と生命の力強さを象徴する伝説へと昇華していくのか。氷の彼方に残された小さな命の灯火が、極夜の闇に消えてしまうのか、その行方が鋭く注目される。
— RekisyNews 社会面 【1958年】
