【ミュンヘン 2月24日】
敗戦の傷跡深く、ハイパーインフレの足音が近づくバイエルンの中核都市において、後の欧州の運命を狂わせる「嵐」がその産声を上げた。本日、ミュンヘンのビアホール「ホフブロイハウス」にて、ドイツ労働者党(DAP)が初の本格的な大衆集会を開催。その席上で、党名を「国家社会主義ドイツ労働者党」(NSDAP、通称ナチス)へと改称することが宣言された。弁士として登壇したアドルフ・ヒトラー氏は、喝采を送る群衆を前に「25カ条の党綱領」を読み上げ、混迷するドイツ社会に極端な民族主義と現状打破の熱狂を投げ込んだ。
今回の党大会の背景には、ベルサイユ条約による過酷な賠償金と領土割譲に対する、ドイツ国民の深刻な屈辱感と絶望がある。ヒトラー氏はその卓越した演説力を駆使し、失業と貧困に喘ぐ下層中産階級に対し、反ユダヤ主義と共産主義への攻撃を織り交ぜた「救済」を提示。これまで小規模な政治サークルに過ぎなかった組織を、強力なプロパガンダと軍隊的な規律を備えた大衆政党へと変貌させようとしている。これは、ワイマール共和国の脆弱な民主主義の足元を掬う、過激な政治運動の本格的な始動を意味する。
会場となったホフブロイハウスの大広間は、紫煙とビールの香りが立ち込める中、数千人の聴衆で埋め尽くされ、異様な熱気に包まれている。ヒトラー氏が壇上で拳を振り上げ、ヴェルサイユ体制の破棄を叫ぶたびに、地鳴りのような歓声が上がった。参加したある帰還兵は、興奮を抑えきれない様子で「これまでの政治家は言葉だけだったが、彼は我々の怒りを代弁してくれている」と語った。会場の外には、党のシンボルとして採用されたハーケンクロイツ(鉤十字)の旗が翻り、不気味な静寂を保つ夜の街路に強烈な色彩を添えている。
このナチスによる初の党綱領発表が、既存の保守右派や左派勢力を飲み込む強大なポピュリズムの起点となるのではないかとの見方もある。また、ミュンヘンの一角で灯されたこの「危うい火」が、ドイツ全土を飲み込み、後に第二次世界大戦やホロコーストという人類史上最悪の惨劇へと繋がる歴史の分岐点となるのか。扇動者が放った言葉の毒が、人々の心にいかに浸透していくのか、その不穏な行方が鋭く注目される。
— RekisyNews 外報 【1920年】
