東山に「美」の隠れ家 ── 足利義政公、慈照寺の造営を開始

【京都 2月21日】

応仁の乱の戦火が収まり、荒廃した京の都に新たな文化の灯がともろうとしている。室町幕府第8代将軍・足利義政公は本日、京都・東山の浄土寺跡地において、自らの隠居所となる東山山荘、後の慈照寺(銀閣)の造営を開始した。祖父である3代将軍・義満公が建てた北山殿(金閣)にならい、政治の喧騒から離れて、静寂の中に真理を見出すの精神を体現するこの一大プロジェクトは、混迷する時代における「静かなる革命」として、貴族や禅僧の間で早くも話題となっている。

造営の現場となった東山の麓では、義政公自らが図面を手に取り、庭石の配置や池の形状について庭師らに細かく指示を出す姿が見られた。義政公は、金碧輝煌な華やかさを好んだ北山文化とは対照的に、不完全なものや簡素なものの中に美を見出す「わび・さび」の境地を重視している。本日着工した山荘の中心部には、書院造の萌芽が見られる持仏堂(東求堂)や、月を愛でるための観音殿(銀閣)が計画されており、水墨画や茶の湯、連歌といった東山文化の粋を極める空間が形作られようとしている。

義政公のこの執念とも言える造営は、政治的指導力の欠如への批判を回避し、文化の力によって室町幕府の権威を再構築する試みであるとの見方もある。財政難の中での大規模な工事には民衆の困窮を懸念する声もあるが、ここで育まれる様式美が後の日本人の生活様式の基盤となる可能性を秘めている点は、文化史的にも高く注目される。戦乱の記憶が消えぬ中、東山の木々の間に築かれるこの「銀色の楼閣」が、どのような精神的安らぎを都にもたらすのか、その進展が注視されている。

— RekisyNews 社会面 【1482年】

アイキャッチ画像 Moja – Photo taken by the poster, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=53242による

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