【長崎 2月20日】
本日、キリシタン大名たちの名代として選ばれた四人の少年たちが、長崎港より異国船に乗り込み、遥かローマの地を目指して出港した。天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)と呼ばれるこの一行は、イエズス会宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノ神父の提言により結成されたもので、本邦初となる組織的な欧州派遣使節である。
使節の中核を担うのは、首席正使の伊東マンショ(大友宗麟名代)と千々石ミゲル(有馬晴信・大村純忠名代)、そして副使の中浦ジュリアン、原マルチノの四名である。いずれもセミナリヨで教育を受けた聡明な少年たちであり、その若き肩には、日本の信仰と文化を教皇や欧州諸王に伝えるという重責が託されている。
今朝の長崎港は、歴史的な門出を一目見ようと、多くの信徒や町人が岸辺に詰めかけた。少年たちが乗り込んだポルトガル船がゆっくりと碇を上げ、帆を風に膨らませて沖合へ進むと、港内には惜別の祈りと歓声が響き渡った。一行はマカオ、インドのゴアを経て、喜望峰を回り、数年の歳月をかけて「バテレンの総本山」であるローマへ到達する計画だという。
今回の派遣は、東方の小国に根付くキリスト教の隆盛を欧州に知らしめるとともに、少年たちに本場の西欧文明を直接見聞させ、帰国後の布教活動に役立てる狙いがある。また、活版印刷機などの最新技術の導入も期待されており、成功すれば我が国の文化に計り知れない影響を与えることになるだろう。
しかし、西への航路は「魔の海」とも称される険しき道のりである。荒波や病、未知の風土といった幾多の困難を乗り越え、彼らが再びこの長崎の土を踏む日はいつになるのか。少年たちの勇気ある挑戦に、市中のキリシタンたちは固唾を飲んで祈りを捧げている。
— RekisyNews 社会面 【1582年】
