【京都 2月9日】
この日、足利義昭が朝廷に官職を辞し、准三宮の待遇を受けることとなった。これにより、義昭は名実ともに政治の第一線から退き、長く続いた将軍としての立場に終止符が打たれた。
義昭は、織田信長の上洛支援を受けて将軍職に就いたものの、次第に信長と対立し、やがて京都を追われて以降は各地を転々としていた。将軍としての実権はすでに失われていたが、その存在はなお「室町将軍家」の名残をとどめていたといえる。
今回の官職辞任と准三宮待遇は、義昭が武家政権の長としての役割を完全に終え、公家的身分として余生を送ることを意味する。これをもって、室町幕府は事実上の終焉を迎えたとする見方が、近年とくに有力視されている。
もっとも、幕府の衰退自体はすでに久しく、義昭の辞任は「終わりを告げる象徴的な出来事」に過ぎないとの評価もある。それでも、将軍が自ら政の舞台を去ったこの日は、足利将軍家による約二百四十年の統治が歴史の幕を閉じた瞬間として、強い印象を残すこととなった。
武家による秩序は、この後、織田・豊臣政権を経て新たな形へと移行していく。義昭の決断は、一つの時代が静かに終わりを迎えたことを、世に明確に示す出来事であった。
— RekisyNews 政治史面 【1588年】
