【京都 1月23日】
鎌倉幕府の監視下にあった後醍醐天皇は本日未明、幽閉先とされていた花山院を密かに脱出し、吉野方面へと向かわれた。天皇は近臣らの助けを受けて都を離れ、険しい山道を越えて金峰山へ潜幸したと伝えられている。
後醍醐天皇は建武政権崩壊後、京都にとどまりつつ再起の機会をうかがっていたが、幕府方の圧迫が強まる中での今回の脱出は、事実上の決別を意味する動きと受け止められている。吉野は古来より修験の地として知られ、地理的にも防御に適した場所であり、新たな朝廷を構える拠点となる可能性が高い。
一方、京都には光明天皇を中心とする朝廷が存続しており、天皇が吉野に拠点を移したことで、朝廷が二つに分かれて並立する異例の事態が現実味を帯びてきた。公家や武士の間でも動揺が広がり、どちらの朝廷に与するかを巡って緊張が高まっている。
今回の潜幸は、単なる逃避ではなく、王権回復を掲げる後醍醐天皇の新たな闘争の始まりとみられる。朝廷分裂という前代未聞の局面を迎え、今後の政局は一層不透明さを増しそうだ。
— RekisyNews 政治面 【1337年】
