【周防・長門 1月17日】
将軍家と有力守護大名との対立として各地に緊張をもたらしてきた応永の乱は、本日、大内義弘の戦死によって大きな転機を迎えた。義弘は幕府軍との決戦の中で討ち取られ、これにより室町幕府方が最終的な勝利を収め、長期化していた争乱は終結した。
応永の乱は、周防・長門・豊前などを支配する有力守護であった大内義弘が、幕府の専制的な政務運営や将軍足利義満の権力集中に反発し、挙兵したことに端を発する。義弘は海外交易を通じて莫大な財力と軍事力を背景に独自の勢力を築いており、幕府にとっても軽視できない存在であった。
幕府方は、義弘の動きを反逆と断じ、諸国の守護や武士を動員して包囲網を形成。戦いは各地で断続的に続いたが、最終局面では義弘が孤立を深め、兵力・物資ともに劣勢に立たされたと伝えられる。本日の戦闘で義弘が戦死したことで、反幕府勢力は統率を失い、戦は急速に収束した。
今回の勝利により、室町幕府は将軍権威の優位を改めて内外に示した形となった。一方で、有力守護の排除は、将軍権力の集中と守護大名層との緊張関係を一層鮮明にする結果ともなっている。応永の乱の終結は、当面の秩序回復をもたらすものの、今後の政局に新たな火種を残す可能性も指摘されている。
— RekisyNews 政治面 【1400年】
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