徳川家康十一男・鶴千代丸、水戸二十五万石へ転封

後の徳川頼房(当時 松平鶴千代丸 7歳)

【常陸国 水戸 1月16日】

本日、徳川将軍家より、徳川家康の十一男・松平鶴千代丸が、常陸国水戸二十五万石に転封されることが正式に定まった。鶴千代丸は幼少ながら、徳川一門として関東北部の要地を預かることとなり、江戸幕府による大名配置の骨格が一段と明確になった。

水戸は奥州への入口にあたる戦略上の要衝であり、江戸防衛の観点からも重要な地域とされてきた。これまで常陸国内では領主の交替や支配体制の調整が続いていたが、今回の転封により、徳川家の直系に近い血筋が配置されることで、地域の安定が図られる見通しである。

鶴千代丸は家康の晩年に生まれた子で、まだ幼年にあるため、当面は重臣団が政務を補佐する体制が敷かれるとみられる。幕府関係者の間では、将来的に成長した暁には、水戸を拠点として徳川家の有力な一翼を担う存在になるとの見方も出ている。

近年、徳川政権は諸大名の配置を通じて全国支配の強化を進めており、今回の転封もその一環と位置づけられる。将軍家の血統を各要地に配することで、反乱や動揺を未然に防ぐ狙いがあるとされる。水戸藩の成立は、今後の幕藩体制形成において重要な節目となりそうだ。

— RekisyNews 政治面 【1610年】

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