【東京 10月13日】
本日、東京帝国大学教授・上田敏氏による訳詩集『海潮音』が刊行された。明治文学界において稀有の存在とされる同氏が、西欧象徴詩を日本語の繊細な文体で紹介する本書は、知識人のみならず若き文学青年らの間でも大いに話題を呼んでいる。
『海潮音』は、ヴェルレーヌ、ボードレール、ロセッティ、ワイルドなど、欧州の詩人たちの作品を翻訳した全51篇から成る。いずれも単なる直訳にとどまらず、詩情や語感を重んじた文語体にて日本語化されており、原詩の魂を損なうことなく見事に日本語の詩として昇華している。
特に冒頭に収められた「春の朝に」は、ヴェルレーヌの『月の光』を翻訳したもので、その柔らかい言葉選びと音楽的な調べは、まさに題名の「海潮音」──波のように寄せては返す詩の響きを体現しているかのようである。
上田氏は、ラテン語・仏語・独語・英語などに通じ、欧州の芸術精神と日本語文学の融合を目指す独自の試みを継続してきた。今回の『海潮音』はその結実とも言え、「翻訳は創作なり」との評価を裏付ける一書である。
本書の刊行に際し、文壇では「これまでの翻訳詩集の水準を一段と押し上げた」との声も高く、今後の文学界における“訳詩”という表現の在り方に一石を投じることは間違いない。
明治という時代が抱える西洋文化との距離感を、感性と言葉の力で埋めようとする本書は、単なる詩集ではなく時代精神の結晶とも言えよう。
— RekisyNews 文化面 【1905年】