【東京 8月26日】
本日、黒澤明監督の新作映画『羅生門』が都内劇場で封切られ、開場前から長い列ができた。出演は三船敏郎、京マチ子、森雅之、志村喬。芥川龍之介の「藪の中」と「羅生門」を原作に、森で起きた武士殺害の顛末を、盗賊、妻、亡霊に憑かれた武士、木こりの四つの証言で語り直す。裁きの場の質問者は姿を見せず、虚実のあわいに置かれた観客自身が“証人”となる趣向だ。
撮影は宮川一夫。木漏れ日を受ける逆光や手持ちに近い揺れ、低いアングルの強いコントラストで、汗と土埃の気配まで画面に立ち上げた。豪雨の羅生門門前セットは、雨筋と布の質感が際立ち、早坂文雄の打楽器的なリズムと雅楽風の旋律が不安を煽る。編集は回想の反復と主観ショットを重ね、同じ出来事の像が証言者ごとに歪む構造を際立たせた。
初回を見た観客からは「誰を信じればよいのか」「人の心の弱さが怖い」と声が上がる一方、「難解だが後を引く」と評する向きも。配給側は地方巡回の拡大を準備し、海外上映の打診も進めるという。戦後の日本映画が人間と社会の根を抉り出す潮流のなか、本作は物語の“確かさ”そのものを問い直した。雨の門に立つ一人の赤子と木こりの結末は、観客の胸に重い余白を残す。
— RekisyNews 文化・芸能面 【1950年】