【モスクワ 8月20日】
本日、市内で開催中の博覧会場において、作曲家ピョートル・チャイコフスキーの新作『序曲1812年』が初演された。特設舞台には増員された管弦楽が並び、客席は早くから満員。開演の合図が鳴ると、弦の低いざわめきから金管のファンファーレまで、戦と勝利を想起させる音の波が押し寄せた。
作品は、祖国が外敵の侵攻を退けた一八一二年の戦役を記念するために書かれたもの。祈りを思わせる旋律、軍楽風の行進、勝利の高鳴りへと至る構成で、終結部では鐘の高鳴りと祝砲を想起させる効果が重ねられる。楽譜上には教会の鐘や大砲の使用も指示され、祝祭音楽としての性格が明確だ。
初演では、金管群を厚く配した豪壮なサウンドが会場を圧し、打楽器は雪崩のようにクレッシェンドを築いた。屋外に響く鐘の音が加わると、観客の間から思わず歓声が上がり、終止の和音とともに拍手と喝采が渦を巻いた。
聴衆の多くは「胸の内が熱くなった」と興奮気味に語り、音楽紙の記者は「絢爛たる効果と率直な高揚が持ち味」と評した。一方で、抒情よりも祝典性を前面に出した作風に「劇的であるが繊細さに欠ける」との指摘もあり、論評は早くも割れている。
それでも、新作は都市の記憶を喚起し、街路に翻る旗や群衆のざわめきと呼応した。博覧会の賑わいと相まって、今宵のモスクワは祝いの空気に包まれている。近く都内各所や他都市での再演も検討されており、祝祭の定番曲として定着する可能性が高い。
歴史の傷痕と復興の誇りを音に刻んだ『序曲1812年』。その華やかな響きは、記念の年を象徴する一作として長く愛奏されるだろう。
— RekisyNews 文化・芸術面 【1882年】