ナイアガラ河畔で激戦──アメリカ軍、クィーンストン高地でカナダ侵攻を試みるも失敗

【アッパー・カナダ・クィーンストン 10月13日】

本日未明、ナイアガラ川を越えて侵攻を開始したアメリカ合衆国軍部隊と、イギリス帝国軍およびカナダ民兵との間で大規模な戦闘が発生した。戦場となったのはアッパー・カナダ側のクィーンストン・ハイツで、両軍ともに激しくぶつかり合い、多数の死傷者を出している。

午前4時過ぎ、アメリカ陸軍のスティーヴン・ヴァン・レンセリア将軍率いる部隊が、ナイアガラ川を渡河してクィーンストン村への上陸を敢行。初動でイギリス軍の砦を制圧することに成功したが、その後の増援部隊の遅れと組織的な連携不足により、前線は膠着した。

一方、イギリス側はアイザック・ブロック少将の指揮下にある正規兵と、先住民族モホーク戦士らが連携し、果敢な反撃を展開。ブロック少将自身は白兵戦の最中、胸を撃たれて戦死するという悲劇に見舞われたが、その奮戦は兵士の士気を大いに高めたとされる。

昼過ぎには、イギリス軍の増援としてロジャー・ヘイル・シェイフィ少佐率いる部隊が現地に到着し、アメリカ軍を包囲。対岸の米軍本隊は増援を送ることができず、孤立した兵士らは次々と投降を余儀なくされた。報道によれば、アメリカ軍の捕虜は900名以上に上ると見られている。

この戦闘によって、アメリカ側のカナダ侵攻計画は大きな挫折を迎えた形となった。アメリカ国民の間では、開戦当初より「短期間での勝利」が期待されていたが、ここにきてイギリス軍の防衛力と先住民族との連携の強さが明らかになった。

一方、カナダ側では、ブロック少将の戦死を悼む声が広がっており、彼の勇敢な指揮が「祖国防衛の象徴」として語り継がれる可能性がある。

ナイアガラ戦線は今後も緊張が続く見通しであり、両国の戦争終結には依然として遠い道のりが残されている。

— RekisyNews 国際面 【1812年】

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