商都・大阪、猛火に沈む ── 初の大空襲で市街地壊滅、死者4千人に達す

【大阪 3月13日】

本日深夜、日本第二の都市・大阪がアメリカ軍による大規模な空襲を受けた。10日の東京、12日の名古屋に続く連日の都市爆撃により、商都の象徴である難波、心斎橋周辺を含む広範囲が焼き払われた。中部軍管区司令部の発表および各地の状況を総合すると、一晩による死者は4,000名、負傷者は1万人を超え、戦禍は未曾有の規模に達している。

敵機B-29は約270機。高度約2,000メートルの低空から侵入し、浪速、西、港、南の各区を中心とした住宅密集地に対し、クラスター焼夷弾を執拗に投下した。折からの強風により火の粉が舞い、木造家屋が立ち並ぶ市街地は瞬く間に巨大な火柱に包まれた。

道頓堀や心斎橋の繁華街は、逃げ惑う市民で混乱を極めた。防火用水や防空壕に逃げ込んだものの、猛烈な熱気と煙により命を落とす者が相次いだ。木津川や道頓堀川に飛び込んだ市民も多く、夜明けの川面には無数の遺体が漂う惨状を呈している。

今回の攻撃は、中小の軍需工場が密集する大阪の生産能力を根底から破壊し、市民の戦意を喪失させる「無差別爆撃」そのものである。大阪駅付近や市北部の梅田界隈も被害を受けており、交通網は麻痺状態にある。

軍当局は「敵機の跳梁を許さず」と強調しているが、高射砲による迎撃も厚い雲と敵の圧倒的な物量の前に苦戦を強いられた。焼け跡に佇む生存者たちは、あまりの惨劇に言葉を失い、煙の立ち込める街で家族の行方を捜し続けている。

— RekisyNews 社会面 【1945年】

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次