黄金の街、一夜で灰燼に ── プフォルツハイム空襲、死者1万7千超

【プフォルツハイム 2月23日】

欧州戦線が終局に向かう中、ドイツ南西部の宝飾都市プフォルツハイムが、かつてない悲劇に見舞われた。本日夜、イギリス空軍(RAF)の爆撃機約370機が市街地を猛爆。わずか20分余りの間に大量の焼夷弾が投下され、1万7,000人以上の市民が犠牲となった。この惨劇は、第二次世界大戦における都市爆撃の中でも極めて高い致死率を記録。歴史ある「黄金の街」は一夜にして巨大な火の海と化し、その美しさは一瞬で焦土へと変貌した。

今回の空襲の背景には、連合軍によるドイツ国内の軍需生産拠点および輸送網の徹底破壊という戦略がある。プフォルツハイムは精密機械や時計産業が盛んであり、軍部からは兵器の部品供給源と見なされていた。しかし、爆撃は軍事施設に留まらず、木造建築が密集する旧市街を直撃。投下された爆弾により発生した大規模な火災旋風(ファイヤーストーム)が、逃げ場を失った住民たちを容赦なく飲み込んだ。これは、戦争末期における無差別爆撃の激化を象徴する、極めて凄惨な軍事行動となったのである。

現場となったプフォルツハイム市街は、赤く染まった夜空の下、崩れ落ちる建物の轟音と、猛烈な熱気に包まれている。避難を試みた人々は、炎が酸素を奪い尽くす中で次々と倒れ、かつての繁栄を誇った通りには言葉を失うほどの死の静寂が広がっている。生存者の一人は、焦げ付いた瓦礫を素手で掘り起こしながら、「これは戦争ではない、ただの地獄だ」と、絶望に満ちた掠れた声で繰り返した。夜が明ける頃、かつて時計の鐘が響いていた街並みには、黒く焦げた残骸と立ち上る白煙だけが、静かに横たわっている。

この壊滅的な空襲が、ドイツ国民の戦意を挫くどころか、かえって連合軍への憎悪と徹底抗戦の意志を煽る結果を招くのではないかとの見方もある。また、末期におけるこのような大規模爆撃が、軍事上の必要性を越えた人道的な議論を戦後に残すことになるのか。灰に帰した「黄金の街」の無言の叫びが、戦争の狂気をいかに物語り続けるのか、その行方が鋭く注目される。

— RekisyNews 外報 【1945年】

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