【佐賀 2月18日】
本日、佐賀県にて前参議・江藤新平氏および島義勇氏を首領と仰ぐ「征韓党」と「憂国党」の両党による不平士族の軍勢が、佐賀城内に置かれた佐賀県庁を急襲。激しい市街戦の末、県権令・岩村高俊氏率いる政府軍部隊を敗走させた。これにより、佐賀城は反乱軍の手に落ち、県下全域に緊張が走っている。
戦闘は昨日深夜から本日未明にかけて本格化した。佐賀県庁を警備していた岩村権令指揮下の陸軍部隊に対し、数千名の規模に膨れ上がった士族軍が猛烈な攻勢をかけた。銃火が飛び交い、城内の一部が炎に包まれる中、士族側は地理に明るい地の利を活かして県庁部隊を圧倒。岩村権令は激戦の末、防衛は困難と判断して福岡方面へと脱出した模様である。
江藤氏らは「憂国」の念と、政府が進める急速な近代化への不満、さらに昨秋の「征韓論」を巡る政変での野下(下野)を背景に、今回の挙兵に至った。江藤氏は城内にて、士族の誇りと権利の擁護を強く訴えており、呼応する不平士族の勢いは増すばかりである。佐賀市内では多くの家屋が損傷し、避難を余儀なくされる住民も出るなど、騒然とした雰囲気に包まれている。
これを受け、東京の明治政府は直ちに大久保利通内務卿を現地へ派遣し、鎮圧のための大規模な出兵を決定した。すでに熊本や大阪の鎮台から精鋭部隊が招集されており、近く本格的な反撃に転じる構えである。一昨年の学制発布や徴兵令、秩禄処分など、急激な変革への反発が各地で燻る中、この佐賀の動乱が全国の士族にどのような影響を及ぼすか、情勢は極めて予断を許さない。
— RekisyNews 社会面 【1874年】
