【藤原京 3月12日】
明日、持統天皇による伊勢国への行幸が予定される中、中納言・三輪高市麻呂(大三輪朝臣高市麻呂)が、天皇に対し行幸の中止を求める異例の諫言を連日行っている。高市麻呂は本日、自身の冠を脱ぎ捨て、官職を賭してまで天皇の行く手を阻もうとした。
今回の行幸は、壬申の乱における戦勝報告と神事を目的に計画されたものだが、高市麻呂が懸念しているのは「時期」である。現在はまさに春の農繁期。数千人の供を連れた大規模な移動は、沿道の農民を徴用し、田植え前の貴重な労働力を奪うことになりかねない。
高市麻呂は「民は国の本であり、食は民の天である。今、農事を捨てて遊行に及ぶのは、王道の政にあらず」と激しく主張。宮中では、この直言に対し「忠義の至り」と称賛する声と、天皇の神威を軽んじるものとして危ぶむ声が交錯している。
しかし、持統天皇の意志は極めて固く、高市麻呂の必死の訴えも届かず、予定通り明日13日には伊勢へ向けて出発される見通しだ。天皇は「神事の完遂こそが国家の安寧に繋がる」との信念を崩されていない。
藤原京内では、身を挺して民の苦境を訴えた高市麻呂の行動に、多くの官人や民衆が息を呑んで事態を見守っている。新国家・日本が歩むべき道は「祭祀」か「民生」か。この対立は、律令制という新たな仕組みの中での「君臣の在り方」を世に問うものとなった。
— RekisyNews 宮廷面 【692年】
