【藤原京 3月11日】
本日、元明天皇は、現在の大和国・藤原京より、北方に位置する平城(なら)の地へ遷都する旨の詔を発せられた。文武天皇の遺志を継ぎ、律令国家の完成を急ぐ朝廷が、唐の長安にも匹敵する壮大な国際都市の建設に向け、ついに国家の舵を切った。
詔の中で、平城の地は「三山が鎮をなし、四神が相応する」絶好の霊地であると評された。藤原京はわが国初の本格的条坊制の都であったが、排水問題や人口増加に伴う土地不足が深刻化しており、より広大な平城の地が新時代の中心地として選定された形だ。
新都・平城京は、東西約4.3km、南北約4.8kmに及ぶ碁盤の目状の都市計画に基づき、中央北端には内裏(皇居)や官庁街が配置される予定である。また、今年は「和同開珎」の鋳造も開始されるなど、貨幣経済の導入と併せて、名実ともに大陸に引けを取らない「帝国」としての体裁を整える狙いがある。
遷都は2年後の和銅3年を予定している。長年住み慣れた藤原京を離れることに、豪族や民衆の間では驚きの声も広がっているが、壮麗なる朱雀大路を構える新都の誕生は、わが国に「平城(なら)の盛り」というべき輝かしい時代をもたらすことだろう。
— RekisyNews 政治面 【708年】
