【アンカレッジ 3月9日】
北米最高峰マッキンリー(標高6,194メートル)で行方不明となっていた世界的冒険家、植村直己氏(43)の捜索活動が本日、生存の見込みなしとして正式に打ち切られた。世界初の「冬季マッキンリー単独登頂」という不滅の金字塔を打ち立てた直後、絶望的な気象条件下で消息を絶ってから25日。日本が誇る不屈の探検家は、ついに帰らぬ人となった。
植村氏は2月12日、極寒と強風が吹き荒れる冬季マッキンリーの頂に一人で立った。翌13日、無線で「いま5,500メートル付近、食料が尽きたので下る」との連絡を最後に交信が途絶。その後、明治大学の捜索隊がヘリコプターと徒歩による懸命の捜索を続けた。3月初旬には、標高5,200メートル付近の雪洞から、氏の自筆日記や登頂を証明する「日の丸」の旗が発見されたが、本人の姿を確認することは叶わなかった。
アラスカの厳しい冬の嵐は、捜索隊の接近さえ拒み続けた。本日、これ以上の捜索は二次遭難の危険があると判断され、無情の幕引きとなった。五大陸最高峰の制覇、北極点単独到達など、常に「単独」という孤独な極限に挑み続けた男は、最後に選んだマッキンリーの白い雪の中に、その身を預けることとなった。
「山を汚したくない」と語り、自然への深い敬意を抱き続けた植村氏。彼の死を悼む声は日本のみならず世界中の冒険者から寄せられている。偉大な先駆者を失った悲しみは大きいが、彼が遺した「一歩前へ」という不屈の精神は、今後も多くの人々の心に輝き続けるだろう。
— RekisyNews 社会面 【1984年】
