【江戸 3月4日】
徳川家康公率いる江戸幕府は本日、東海道・東山道・北陸道の主要三街道に対し、一里塚(いちりづか)を設置するよう諸大名および代官に正式に命じた。これは、昨年の開府以来進められてきた「五街道整備」の総仕上げとも言える大事業であり、江戸を中心とした全国的な交通・通信網の確立を狙ったものだ。
一里塚は、江戸の日本橋を起点として一里(約4キロメートル)ごとに街道の両側に築かれる。塚の大きさは五間(約9メートル)四方と定められ、その上には遠くからでも目印となるよう、榎(えのき)や松などの樹木を植えることが義務付けられた。これにより、旅人や飛脚は目的地までの距離を正確に把握できるようになり、馬や人足の交代時期も明確化される。
また、塚に植えられる木々は、夏場には旅人に貴重な木陰を提供し、冬場には吹雪や砂塵を防ぐ役目も果たす。幕府の狙いは単なる距離の指標に留まらず、参勤交代の円滑化や、物資流通の効率化による幕府権力の強化にある。秀忠公の下で進められるこの大規模な土木事業により、全国の街道は「江戸への道」として再編されることとなる。
現在、各領地では塚を築くための人足が動員され、急速に工事が始まっている。街道沿いの宿場町からは「商いがより盛んになる」と期待の声が上がる一方で、街道維持の負担増を懸念する声も一部で聞かれる。しかし、この一里塚の完成こそが、長く続いた戦乱の世を終わらせ、泰平の眠りを支える礎となることは間違いない。
— RekisyNews 社会面 【1604年】
