木曾の麒麟、頂点へ ── 源義仲、征東大将軍に就任

【京 2月24日】

平家を都から追い落とし、京を揺るがし続けた「木曾の冠者」が、ついに武士としての最高栄誉を手にした。本日、朝廷は源義仲を征東大将軍に任命。入京以来、治安維持の失敗や後白河法皇との確執により窮地に立たされていた義仲であったが、今回の任官により、信濃より興した木曾軍の軍事支配的正当性が法的に裏付けられた形となった。これは、源頼朝ら鎌倉勢力との対抗を見据えた一手であり、治承・寿永の乱の行方を占う極めて重要な政治的転換点として、洛中の貴族から武士に至るまで、その動向に固唾を飲んでいる。

今回の任官の背景には、混迷を極める源平合戦のパワーバランスがある。義仲は圧倒的な武力で入京を果たしたものの、兵糧不足に伴う略奪や法皇への不遜な態度により、急速に支持を失っていった。法皇は鎌倉の頼朝に牽制をかけるべく、義仲に「征東大将軍」の称号を与えることで、北陸・信濃の武士団を自らの懐刀として繋ぎ止める道を選んだのである。これは、目前の脅威を退けるために敵対勢力を利用する老獪な宮廷政治の極致とも言え、義仲にとっては没落か復権かを分かつ背水の陣となった。

現場となった六条西洞院の義仲の宿所周辺では、任官の知らせを聞いた木曾の荒武者たちが、久々の吉報に勝鬨を上げている。かつての栄華を誇った平家の屋敷を接収したその場所には、北陸路の戦いを勝ち抜いてきた強者たちの野太い声が響く。しかし、その表情は一様に明るいわけではない。ある側近の武士は、鎧の緒を締め直しながら「将軍の名は得たが、背後には鎌倉の軍勢が迫り、都には食うものもない。この官位が我らの墓標とならねばよいが」と、厳しい表情で遠く東の空を見つめた。春を待つ京の冷たい風に、征東大将軍の旗印が孤独に翻っている。

この義仲の征東大将軍就任が、法皇による「二の矢」として鎌倉勢力への強い牽制となるのではないかとの見方もある。義仲という異質な武士が頂点に立ったことで、既存の貴族社会の秩序崩壊が決定的なものとなり、本格的な武家政権誕生への陣痛が加速するのか。木曾の山河から駆け上がった男の「一瞬の春」が、乱世の地図をいかに書き換えるのか、その推移が鋭く注目される。

— RekisyNews 号外 【1184年】

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