【上海 2月22日】
第一次上海事変で緊迫する大陸の空において、わが国の航空史上、不滅の記録が打ち立てられた。本日午後、加賀航空隊所属の生田乃木次大尉(当時三等空佐待遇)が指揮する三式艦上戦闘機隊が、上海上空において米国人パイロット、ロバート・ショート氏の操るボーイング218機と交戦。激しい巴戦の末、これを見事に撃墜した。これは、帝国海軍のみならず、日本軍全体としても「公式な空中戦による初の敵機撃墜」という歴史的壮挙となった。
今回の空中戦は、蘇州上空を哨戒中の一行が、執拗な攻撃を仕掛けてくる敵機と遭遇したことで発生した。相手のショート氏は、中国軍の教官を務める熟練の飛行家であったが、生田大尉は冷静な機体制御で背後を取り、正確な射撃で敵機を地上へと葬り去った。事変勃発以来、地上戦の支援が主であった航空部隊にとって、敵の戦闘機を直接排除したこの勝利は、制空権確保の重要性を実証する形となった。同時に、わが国の航空技術と操縦士の練度が、欧米の最新鋭機に対抗しうる水準にあることを世界に示した意義は極めて大きい。
現場の公大航空基地周辺では、帰還した生田大尉を囲み、整備兵や同僚たちが万歳三唱でその功績を称えている。大尉は「部隊一丸となった成果である」と謙虚に語りつつも、その表情には初戦を制した安堵と、次なる任務への強い責任感が滲んでいた。一方、撃墜されたショート氏の勇敢な戦いぶりについても、陣営を問わず武士道精神に通じる敬意が払われており、市街地では散乱した機体の破片を物珍しそうに眺める避難民の姿も散見される。
この初の撃墜記録が、今後の軍事戦略における航空主兵論を加速させ、より高性能な艦上戦闘機の追求を促すのではないかとの見方もある。また、広大な大陸での戦いにおいて、航空主導権の掌握が勝敗を左右する決定的な要因となるのではないかとの指摘もなされている。混迷を極める東アジアの情勢下で、わが国の空の盾がいかなる進化を遂げていくのか、国内外の軍事関係者から鋭く注目される。
— RekisyNews 戦報 【1932年】
