【パリ 8月20日】
今朝、休日明けの点検でレオナルドの名画「モナ・リザ」が展示室から失われているのが確認された。壁には外された額縁とガラス片のみが残り、館は直ちに閉鎖。警察が出入口と倉庫を封鎖し、指紋採取と聞き取りを開始した。前夜の施錠記録は正常で、搬出経路は職員用通路の可能性も指摘されている。展示台のネジには工具の擦れ跡が見つかり、犯行は手際がよい。
名画の失踪に街は騒然となり、新聞は号外を配布。カフェでは犯人像と動機をめぐり議論が白熱する。美術商は「注文盗難の恐れ」、保守点検の職人は「内部事情に通じた手並み」と語る。館は懸賞金の設定と国境での監視強化を要請し、港と駅には作品情報が回された。各国の美術館からも連帯の電報が届く。
当局は古物商と輸出入業者への聞き取りを拡大し、額装やキャンバスの切断痕から犯人の技量を推定する。絵の裏板の特徴や画布の織り、修復記録は照合の鍵だ。守衛の勤務表や通気口のサイズまで再点検が進む。捜査本部は「情報提供を」と市民に呼びかけた。
静まり返った展示室には、壁の白い長方形と釘穴、床に落ちた金箔片が残るだけだ。学芸員は「絵の不在が空気の温度まで変えた」と肩を落とし、観客は「額縁だけを見るために来た」と苦しい冗談を言った。名画をめぐる狂騒は、芸術への愛と市場の欲望の両方を照らし出す。一刻も早い発見と無傷での帰還が望まれる。捜査の輪は、パリから国境の向こうへと広がっていく。
— RekisyNews 文化・事件面 【1911年】