【京都・油小路 12月13日】
本日夕刻、京都油小路にて 新撰組が離脱派である御陵衛士を急襲し、指導者・伊東甲子太郎を暗殺する事件 が発生した。幕末の政局が揺れる中、新撰組内部の分裂がついに流血へと発展した形で、都は大きな衝撃に包まれている。
事件は、伊東甲子太郎が新撰組から離脱し、同志を率いて御陵衛士を結成して以降、両者の対立が深まっていた最中に起きた。関係者によれば、伊東は本日、新撰組からの和解を装った誘いを受け、油小路付近を単独で歩いていたという。
同道していた町人は、「突然路地陰から複数の影が飛び出し、伊東殿に斬りかかった」と語り、襲撃の急を伝えた。
伊東甲子太郎はその場で倒れ、間もなく絶命した。新撰組は遺体を屯所へ運び、処置を施したが、街中には「これは謀殺である」との声が広がり、市井の人々は緊張した面持ちで通りを見つめていた。
騒ぎを聞きつけた御陵衛士の隊士らは夜半、伊東の遺体引き取りを求めて動いたが、その途上で新撰組と交戦になり、藤堂平助ら複数名が討たれる悲劇となった。近隣の住民は、「怒号と刀の音が続き、家の中で震えていた」と混乱の夜を振り返る。
背景には、倒幕をめぐる急激な政局変化がある。御陵衛士は朝廷に接近し、新撰組は幕府への忠誠を掲げて活動していたため、思想的対立が深まっていた。武家政権の揺らぎとともに、京都の治安は一層不安定になりつつある。
幕末の緊張が高まる中で起きた今回の暗殺劇は、新撰組と御陵衛士双方の信念の衝突を象徴する出来事であり、今後の政局に少なからぬ影響を及ぼすとみられる。
— RekisyNews 社会面 【1867年】
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