【パリ 11月16日】
フランス文学界が注目する作家、マルセル・プルースト氏による長編小説『失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu)』の第1巻が本日刊行された。タイトルは『スワン家の方へ(Du côté de chez Swann)』。作者がここ数年にわたり没頭してきたとされる大規模な自伝的小説の幕開けとなる一冊で、その文体と構成は早くも文壇の話題となっている。
同書は、語り手の少年時代の記憶、社交界の人物スワン氏とオデット夫人の恋愛、ブルジョワ社会の人間模様などを複雑に織り交ぜ、時間の流れと記憶の作用を精緻に描き出している。特に、紅茶に浸したマドレーヌの味から幼少期の情景が蘇る場面は、読者の間で「記憶の文学」として象徴的な部分になるだろうと評されている。
出版を引き受けたのはグラセット社ではなく、プルースト氏自身が費用を負担して刊行した。原稿の巨大さや独特の文体が出版社の判断を迷わせたとされるが、文学者の間では「将来の評価は計り知れない」との声も多い。詩人アンドレ・ジッド氏は、かねてより原稿の価値を認めていながら出版を見送ったことを自ら「誤りだった」と語ったという。
この第1巻は全体のごく一部にすぎず、作者はすでに続巻の執筆を進めている模様。パリの書店には早くも知識人や学生が集まり、長編文学の新潮流を告げる作品として受け止められつつある。時代の移り変わりの中で、人間の記憶と感情に深く分け入ろうとする静かな革新が、今日ここに姿を現した。
— RekisyNews 文化面 【1913年】
