【東京 8月11日】
明治落語界の至宝、三遊亭圓朝が本日、病のため逝去した。享年61。江戸から明治へと移る激動期に、圓朝は口演を長編化する「長講」を確立し、写実と心理描写を重ねた人情噺、背筋を冷やす怪談噺で聴衆を魅了した。寄席芸を近代的な“物語の芸術”へ押し上げた功績で知られる。
代表作は、男女の情念を凍てつく怪異へと転化させた『真景累ヶ淵』、幽霊と生者の交わりを哀切に描く『牡丹燈籠』、因果が連鎖する『怪談 乳房榎』など。圓朝の語りは、台詞の言い分けや間(ま)の妙だけでなく、場面転換や伏線の回収を周到に設計し、寄席の一夜を“一冊の長篇小説”のように変えた。
口演は速記で記録され、活字化されて広く読まれたことも画期的だった。紙上の読者が寄席へ足を運び、寄席の聴衆が本を求める -舞台と出版が呼応するメディア循環を先駆けた存在でもある。文学者や劇作家が演目に触発され、明治の小説・新派劇へ波及した影響は小さくない。
訃報に接した寄席関係者は「物語で客席の呼吸を掴む術(すべ)を教えてくれた」と肩を落とし、若手噺家は「型を破りながらも、言葉の品位を失わなかった」と偲ぶ。葬儀・告別の段取りは身内と一門で協議に入り、追善興行や速記本の増刷も検討されている。
江戸ことばの粋と明治の息吹を一つの高座に結びつけた名手が舞台を去った。寄席の灯は消えない -圓朝が拓いた“語りの道”は、後進の口から明日へと語り継がれていく。
— RekisyNews 文化面【1900年】