【舞鶴 3月23日】
中国大陸からの日本人送還を目的とした引揚げ第一船「興安丸」が本日午前、京都府の舞鶴港に入港した。1949年の中華人民共和国成立以来、公式な引揚げルートは途絶えていたが、日中両国の赤十字社による粘り強い交渉の結果、ようやく再開にこぎつけた。岸壁には早朝から、消息を信じて待ち続けた数千人の家族や関係者が詰めかけ、日の丸の小旗を振って船を出迎えた。
午前9時過ぎ、汽笛を鳴らしながら興安丸が接岸すると、甲板からは「お父さーん!」「お母さーん!」という絶叫に近い呼び声が上がり、積年の苦労を物語る涙の光景が広がった。今回帰還したのは、旧満州(中国東北部)などで生き別れとなった残留婦人や孤児、元軍人ら2,000人余り。彼らは厳重な検疫と入国手続きを終えた後、用意された温かい味噌汁やおにぎりを口にし、「死ぬまでに一度でいいから帰りたかった」と、震える手で日本の土の感触を確かめた。
依然として数万人の日本人が中国大陸に残されているとされる中、今回の興安丸の入港は、戦後処理における人道支援の大きな節目となった。政府は今回の成功を足がかりに、残る未帰還者の早期送還に向けた活動を加速させる方針だが、冷戦下の複雑な国際情勢が影を落としており、継続的な実施には課題も多い。それでも、舞鶴の岸壁に灯った再会の火は、今なお異郷の地で祖国を想う同胞とその家族にとって、計り知れない希望の光となっている。
— RekisyNews 社会面 【1953年】
